天然うなぎの漁獲法
延縄漁法[うなぎなわ、なわ、はり]
1メートル位の間隔で200〜1000メートルの幹縄に枝針をつけ夕方しかけて、数時間後から翌朝に捕りこむ漁法。
漁を行う場所によってその場所の鰻が常食としている餌が違うため、
釣り鉤につける餌もさまざまです。
《穴シャコを餌にするシャコ縄、エビを餌にするエビ縄、ワカサギを餌にするワカサギ延べ縄、
ミミズ、ヒルを餌にするミミズ縄など》
現在の天然うなぎ漁でも一番漁獲量があり、ポピュラーな漁法
左の画の元本は、「日本山海名物図会 平瀬徹斎編 長谷川光信画 宝暦4年刊(1754年)で、瀬田の名物として瀬田川(琵琶湖から流れる淀川上流域)のうなぎ漁が描かれています。
他のうなぎ漁法もそうですが、当時から現在の漁法とあまり変わらぬ漁法で行われていました。
竹筒[モジリ、箱モジ、モージ、モドラス、コロバシ、ウゲ、筒]
竹筒(大きさや材質、形状も地方によってさまざま)に餌となるみみづや小えびを入れ、入口を下流にむけて夕方川に沈め翌朝引き揚げる所や、堰などの魚道をきずいて魚を誘導するもの、
延縄のように50〜200の竹筒を一度に沈めるところもある。
天然鰻が一度中に入ったら出られないタイプ(鰻せん)と竹筒の片方の節だけ残し水面まで引き揚げたときに網などですくう簡単な仕掛けにわかれます。
左の画像は五尺(約150センチ)のもじりですが、
六尺のもじりまでは、普通の河川でよく使われていました。
この手のもじりは関東、伊豆を中心に昔から使われており、早い時期から、東北、中部、関西から九州北部に至るまでの広範囲でよく見かけられました。 また、この形と似たものは、
世界中のあちこちで広く使用され色々な水中生物の罠に使用されていました。
特徴としては川底に仕掛ける時に、V次型に魚を誘導する魚道「門捕り」(モンドリ)を作り、
集結部分にモジリを据え付けます。
魚道となるものは、水中に小石などで簡単に作るものや、竹などの杭で水面より高く打ち込み誘導するモンドリは、関西地方に見られる小門捕りが長さ4〜5メートル、
琵琶湖などの大門捕りになると3〜400メートルにおよびます
このもじり自体の特徴のひとつには、捕れた天然ウナギを傷めないように必ず竹の皮の部分を内側にして作られています
右の画像のものは、竹を編んで作った筒ですが主に九州地方で見かけられます
この他、近年では高知を中心に木製の箱型の筒が使用されています
左の画像は近年売られている、プラスチック製品や中国製の筒です
漁師さんは使用しません
*殆どの河川では、このような仕掛けを使うことは禁止されています。体験したい方はその河川の漁協に問い合わせるなどして十分に気をつけて下さい。
また最近は、簡単に、他の地域の漁具が全国規模の釣具店で購入する事ができます。 しかし使用できる河川は限られ、殆どの漁具は殆どの河川で使用禁止です、安易な購入は絶対に避けましょう。
昔からのその地域の自然を考えた、漁師さん達が使用している罠と違い、他の地域の罠を使用すれば確実にその地域の生態系を壊します。
わかりやすい例として、カメやスッポンなどがいる流域では、漁師さんのスッポンやカメ専用の罠以外では死んでいます。
餌を求めて簡単に仕掛けに掛かりますが、呼吸ができずにすべて死んでしまうのです。
また逆に、漁師さんの鰻や魚を捕る罠は、カメやスッポンが掛からないような仕掛けになっています。
未来のために、その地域の伝統を守り、いつまでも楽しく自然とつきあいましょう。
鰻簗(ウナギヤナ)漁
簗場は下りの魚を捕獲する簗と遡上する魚を捕獲する
上り簗の2種類がありますが、鰻簗はそのうちの下り簗で、
秋の下り鰻の季節で雨の続いた夜には沢山捕れる
漁法です。
竹を編んで簗場を造りますが、小船を2隻ならべてその間に簗を造ったり、小川の場合は川幅全部に造ったり規模は色々とあります。
しかし、川全体を覆う場合にも魚道は必ず確保しています
右上の画は江戸時代に描かれた鮎簗の絵です。
現在は鰻簗の天然うなぎは流通されていません。
鰻簗を行う地域自体が確認できませんし、現在残っている簗場は、漁が目的の簗場の信濃川の支流魚野川のサケ簗漁を除き、殆どが観光的な簗場です。
山形県西置賜郡白鷹町、最上川沿いに設置された梁。
画像出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボサ[笹浸漁、柴つき漁法、そだ漁]
ボサ(竹や柴などの小枝を大きな竹ほうきのように長さメートル直径80センチ位に束ねたもの)を淀みや流れのゆるい場所に夕方から沈めておく。翌朝ボサを水面まで引き上げ中に隠れていた鰻を三角網でしたから捕まえる。一つのボサで10匹以上捕れる時もある。
時期によってですが、かなり当店にも入荷します
地域によってボサにする材料は異なりますが、この漁法も全国的に見られていたようです。
あまり大きな天然ウナギは捕れないように思われがちですが、大きなウナギから小さいウナギまで捕ることができ、魚体をまったく傷つけない面では、現在は殆ど流通まではしていない「手掴み漁」に次ぐ漁法です。小さいウナギはその場でリリースできる現存する優良漁法でもあります
穴釣り、ひご釣り
全国各地で行われ、「置き鉤」と並び代表的な鰻のつり。 熟練が必要でなかなか数量は望めないが、なれるとおもしろいそうです
仕掛けは大きく二種類にわかれ
九州を中心に行われている、竹ひごなどの長い棒の先に大きな釣り針や鉄筋を固定させているタイプと、
長さ1メートル位の藤竹や鯨のひげの先に餌をつけた鉤をつけて、糸は手元で結び、ウナギが掛かると本体から外れるタイプがあります
専門の漁師さんもいますし、一般の人でも普通に行っていた身近な漁法でした。
箱めがねを使い水中の鰻の潜んでいる穴や石垣などの穴にに徐々に餌を入れて釣ります
置き鉤漁・土筆漁
釣り鉤に餌をつけて鰻がかかるまで、ただ投げ込んでおく「ぶっこみ釣」。
一般人が行う代表的なもので、漁師さんたちの漁法ではありません
ただ、「土筆漁・ツクシリョウ」と呼ばれる、川の中に竹竿を指し、針と糸を水面より上の部分に結んび、同じ仕掛けを無数に並べれる漁法もこの置きばり漁と同じ原理の漁法ですが、川に仕掛けを置く漁法は殆どの河川で禁止されており、許可のある川魚漁師さん達が行える漁法です。土筆漁は、竹竿に糸を結ぶ部分が糸を結びやすくするため縄や紐を巻いて膨らんでおり、見た目が土筆が生えて並んでいるように見えるためにこの名前がつけられました。
鰻倉[石倉漁]
四国地方で今でも行われてるものですが、他の地域では河川の管理上消えてしまった漁法です。
河口付近の浅瀬で80センチ位の穴を掘りその上と回りにこぶし程度の石を満潮の時は水中にかくれる程度積み上げます。そして干潮の時に石倉の周りに網をはり、積み上げた石を取り除いて、中に隠れていた鰻をつかまえる原始漁法です。簡単なぶん重労働で四国でも夏の自家消費のためだけに行う地域が多いようです。
鰻鎌、鰻掻
鰻掻きも昔から全国的にある天然うなぎ専門の漁法ですが、他の漁法と違う所は、秋から真冬に、水を抜いた用水路やため池などでも多く使われていますので農家の方達も行う漁法でもあります。
最近では鰻自体の減少で漁獲量は少なく、なおかつ傷つけたウナギは流通できませんので殆ど出回っていません。
しかし、餌を食べない季節の寒のウナギの漁などでは、現在でもメインに使われている漁法です
上の画像は1830年前後の現在の隅田川の徒歩のウナギ掻きの浮世絵です
うなぎ掻きは、船上用と徒歩用の二種類あり、柄の長さと鎌の角度などが異なります。
農家の漁法としても使われていた為、北は青森から南は鹿児島まで、鎌の大小や切っ先の数の違いなどはありますが殆ど同じ形で昔から伝わっています。
溶接が安易に行える近代になり、同じ形のものを鋤のように三本溶接したものもが江戸川河口から利根川流域の関東の地域で船上用としてのみ使われていますが原理は変わっていません。
左の写真は上から、
岡山児島湾、
茨城利根川の徒歩用
柄がありませんが仙台の徒歩用のウナギ掻きで、第二次大戦後の廃刀令により、日本刀で作られたものです
(終戦時には美術品にならない大量の軍刀がウナギ掻きに変わりました)
一番下も柄がありませんが霞ヶ浦の船用のウナギ掻きです
船用も船尾で引きずるように獲るものは鎌の角度が浅く、船べり行うものは徒歩用と同じく直角になるように作られています
鰻突、カナヅキ、カナ
夕暮れ時に天然うなぎが水面に漂っている所を船の上から刺すものと、川にもぐりウナギを刺す二種類に分けられます。 船の上から刺すものは柄が長く串の部分も大きめで、潜って獲るタイプのものは、よく売られている「川銛・カワモリ」と変わらない大きさです
現代でも行われている漁法ですが100%魚体を傷つけますので、流通は殆どなく、自家消費か直ぐに料理ができる近くの店へ出荷されます。
右上の写真は柄がありませんが浜名湖の「タキヤ漁」で使われていた串ですが、タキヤ漁も鰻突も、かがり火の使用以外は、まったく同じ漁法です。
その他、長袋網、待網、手繰網、角たて等の底引きや定置網漁などの漁法があります。
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